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個人の経験は、あくまでも個人の経験

 ワクチン後進国からの脱却を目指し、予防接種やワクチン、そしてVPD(Vaccine Preventable Diseases=ワクチンで防げる疾病)について多くの方々により良く知っていただきたいと活動していると、しばし遭遇するのが「個人の体験=普遍的なこと」と勘違いしてしまうケースです。
いわく、
・「水ぼうそうなんて罹っても大したことはない。自分たちが子どもの頃は水ぼうそうワクチンなんて誰も打っていなかった。むしろ、自然に罹った方が良い」
・「おたふくなんて大したことはない。ほっぺたが腫れるだけ」
・「細菌性髄膜炎なんて滅多に罹らないよ。自分の周りでは罹った子どもなんて聞いたことないし」
・「インフルエンザワクチンを打ったけど、罹っちゃった。ワクチンなんて打っても意味が無い。それ以来、一切受けていないけど、インフルエンザに罹っていないし」
・「我が家は一切の予防接種は受けていない。だけども誰一人病気にも罹らずに健康に成長してくれた。ワクチンなんて打たなくても、食事等に気をつかって強い子に育てれば大丈夫」
 どれもこれも、一度は耳にしたことがあるという方も多いのではないでしょうか。私はいずれも耳にしています。なにせ、一番目の発言なんて私自身のものですから。いずれの発言も、発した個人にとっては事実を語っています。事実か嘘か、と言われれば、間違いなく事実です。個人の経験した事実を語った言葉なのです。

 でも、個人の経験した事実が別の人にとっても当てはまるかどうか、と言えば、必ずしも当てはまらないということは誰もが理解できることでしょう。
ある個人にとってそうだったからといって、別の人にとってはそうではない、ということは身の回りにも沢山あります。
例えば、
・商店街の福引で、前に割り込まれて順番がひとつ後ろになったら、一等のハワイ旅行が当たった。
・毎朝、トーストを食べているのに、その日はご飯を食べたら、通勤途中に車にはねられた。
・宿題をせずに学校に行ったら、担任が風邪をひいて休みだった。
・お酒を飲んで自動車を運転しているけど、事故を起こしたことは無い。
・がん検診なんて一度も受けたこと無いが、がんになっていない。
・ヘビースモーカーだが、がんになっていない。
 どれもこれも、ほとんどの方は「じゃあ、自分も!」とは思わないでしょう。寧ろ「たまたまだよ」と笑い飛ばすのではないでしょうか(4つ目の例えは笑って済ますことじゃないですが)。1つめの例なら「偶然でしょ」で済ませられそうですし、2つめの例なら「因果関係は?」と尋ねる人が多いでしょう。3つめは「結果オーライだったね」となりますが、「宿題をしなければ担任が風邪をひく」なんて思いませんよね。
 斯様に、一人の体験・経験談を普遍化できないというのは、多くの人にとっては「常識」だと思います。しかし、何故か予防接種・ワクチンに関することになると、個人の体験を普遍化するという勘違いに陥りやすいのです。

予防接種の恩恵はわかりにくい

 先ほどの例だと、商店街の福引なら、単純なくじ引きで確率の問題に過ぎないと多くの人は理解しています。2つめ、3つめの例なら、車にはねられること、担任が風邪をひくことといったアクシデントと、朝食の種類や宿題実施の有無が関係しないことを多くの人は理解しています。
 では、冒頭に述べた予防接種やワクチン、VPDにかかる個人の体験はどうでしょう。「そんな、たまたまだよ」と笑い飛ばせるでしょうか。いや、実際にはどれもが「たまたま」なのですけども、簡単に笑い飛ばせないなぁ、どうなんだろうなぁと判断に自信を持てない方も少なくないのではないでしょうか。私自身が一つ目の例えを胸を張って口にしていたように、殊、予防接種やワクチン、VPDに関しては、多くの人にとっては「わかっているようでわからない」ものなのだと思われます。

 予防接種もワクチンもVPDも、多くの人にとっては、その知識を学ぶ機会に乏しい事柄のです。学校の保健体育の時間に学ぶことがあるかもしれませんが、それとて人生の中でわずか数十分に過ぎないでしょう。なんせ、これらに最も関係深いと思われる小児科医ですら、予防接種やワクチンについては、授業でも一コマ位しか学ばないそうですから(さすがにVPDについては学ばれているのですけど)、小児科医以外にとっては「そんなの良くわからない」ものなのです。

 そもそも予防接種やワクチンの恩恵はとてもわかりにくいものです。多くの医療行為(医薬品の投与、治療行為等)が、マイナスの状態(疾病、負傷)をプラスマイナスゼロ(治癒)の状態に引き上げていく「プラス効果」であるのに対し、予防接種・ワクチンの恩恵は「ゼロをゼロのままに保つ」というもので、「抗マイナス効果」です。つまり、「何も変化を来たさなかった」ことがその恩恵であり、「変化」により恩恵を実感できるものとは異なり、恩恵を実感しにくいのです。

 VPDに罹患しなかった、それは果たして予防接種の恩恵なのだろうか?何も変化を来たさないことが予防接種・ワクチンの恩恵ですから、予防接種を受けてVPDに罹患しなかったとすれば、それは予防接種・ワクチンの恩恵である可能性があると言えます。同時に、打たなくても罹らなかった可能性もあるわけで、だったら本当に予防接種・ワクチンの恩恵なの?という疑問は当然のごとく湧き出る疑問です。
 VPDの原因となるウイルスや細菌が体内に侵入し、ワクチンによって得られた抗体によって罹患・発症が防がれる様子が目に見えると良いのですが、残念ながらリアルタイムで観察することは出来ませんし、そうそう単純なメカニズムでもなさそうです。となると、どうすれば予防接種・ワクチンの「見えない恩恵」を実感できるのでしょうか。
 実は、疫学的な観点で見ることで実感することができます。易学ではないですよ。疫学です。疫学というとちょっと馴染みがなさ過ぎるなあ、という人は統計学と置き換えて考えてみれば良いと思います(ちょっと乱暴ですが)。それではどうやって「見えない恩恵」を見るのか、というと、「予防接種をした場合としなかった場合を、集団で比較する」ということによります(これも乱暴な言い方ですが)。

 ワクチンを接種した集団を集団A、ワクチンを接種しなかった集団を集団Bとして、AとBの罹患率を比べてみます(それぞれの集団を100人とします)。Aが5人、Bが30人の罹患数だった場合、ワクチンを接種することでB-A、つまり30-5=25名の発症を防いだということになります。罹患者数が1/6になったということですね。このように集団を比較した場合、「25名の罹患を防いだ」、「罹患者数を1/6にした」、という事実はとてもわかりやすく誰の目にも明らかになります。
 では、この集団Aに属する個人をa1、a2、a3…a100とし、集団Bに属する個人をb1、b2、b 3…b 100としてみます。罹患した人から1,2,3と番号をふっていくと、Aではa1からa5までの5人は「ワクチンを接種したけど罹患した人」になります。一方、Bではb31からb100までの70人は「ワクチンを接種しなかったけど罹患しなかった人」になります。この人たち個々人にとっては、a1からa5は、「ワクチンを打ったけど罹患した。ワクチンは病気を防いでくれなかった」という経験が、b30からb100は「ワクチンを打たなくても病気にならない」という経験が、実際に経験した正しい事柄、になります。
 そう、もうお分かりですよね。個人の経験は、集団としての経験とは違った結果になることがあるのです。集団としてみた場合、ワクチンを打ったほうが疾病には罹患しないですし、ワクチンを打たなければ多くの人が疾病に罹患します。Aでは、5人の人にとっては95人の人とは違う経験を、Bでは70人の人が30人の人と違う経験をしているということになります。
 
 誰もが予防接種やワクチン、VPDについて十分な知識と理解を得ていれば、最初に例示した「たまたま」の話を全体に適用する過ちは犯さないかもしれません。そしてその十分な知識と理解のためには、「変化を来たさないこと」という見えにくい恩恵を可視化する疫学・統計学的見方が必要です。
個人の経験はあくまでも個人の経験に過ぎない、全体にそのまま当てはめるのは間違いのモト。多くの方に気にかけていただきたい注意点です。
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