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本当のハラスメント対策

こんにちは、Plus Action for Children の高畑です。

パワハラ、セクハラ、アカハラ等、ハラスメントに係る話題が飛び交う昨今。
先日も、レスリング界でのパワハラ問題で、有力大学の監督が急転直下、退任となりました。
当人が退任前の開いた記者会見で、パワハラだという自覚が無かったこと、コミュニケーション上の問題だという認識でいることなどが述べられ、そのことへの批判がSNSなどで飛び交ったりもしました。
何らかのハラスメント→初期対応の誤り→炎上→何らかの処分(処罰)、といった流れが繰り返されているように思えます。

そんな時世において、組織内のハラスメント対策、とりわけパワハラの加害者になりやすいと思われる管理職の「ハラスメント対策」の講習等が盛んなようです。
先日もある企業の管理職の方とお話ししていた時に、やはりこうした事例はハラスメントに当たる、等の勉強などは組織として幹部職員になされているということを伺いました。
その際、「セクハラは特に難しいです」とのお話がありました。
女性職員の方が髪を切ってきた、そのことに触れる(「髪切ったんだね、似合うよ」)等も受け手によってはセクハラになり得る、という指摘があったのだそうです。
その話の際に、同席していた他の方から「切ったことを知りながら無視しても、セクハラになることもあるかも」という指摘があり、「うーん、振れても振れなくてもセクハラになる可能性があるって、難しい」となったのですが。

ハラスメントは受け手が嫌だ、不快だと感じることが前提ですから、加害者側が意図せずにハラスメントになっている、という事態はある意味で起きても不思議ではない構造です。
そのため、「こうした発言は○○ハラスメントになる」といった事例等を学びながら、そうした具体例を避けながらコミュニケーションを図る、そんなハラスメント対策が講じられているのだと思います。
共通化できるような、明確なハラスメントはあると思います。
暴力的な言葉、卑猥な言葉、行動、所作、そうしたものは日常のコミュニケーションには不要ですし、敢えて使う必要もないですから、そうした具体例を避けることは有効な対策になり得るでしょう。

一方、同じ表現、行動等でも、それ単体が持つ意味だけではなく、当事者の関係性や感情が加味されて、ハラスメントとなるものもあります。
というか、寧ろそうしたものの方が多いのかもしれません。
こうした事例について、当事者間の関係や感情などを切り離して、結果としてハラスメントとなった言葉や表現を「具体例」として避けることは有益ではないんじゃないかな、と思っています。
有益ではないというよりは、本当の対策ではない、対策としてはずれている、という方が良いのかもしれません。

最初の方で触れた「髪の毛を切ったこと」への対応も、髪の毛を切ったことに言及するかどうかではなく、そうした会話がなされる当事者間の関係性等がハラスメントとなるのか否かを分ける大きな要素になります。
であれば、この事例では考えるべきは「髪の毛を切ったこと」に触れるか否か、ではなく、そうしたことを話題に出来る関係性が構築されているか否か、でしょう。
こうした関係性などが影響する事例の方が多いのであれば、有効なハラスメント対策は良い関係性を構築する、ということになるのだと思います。

なんだ、そんなこと当たり前じゃないか、と思う方も居るでしょう。
しかし、その「当たり前のこと」が「当たり前じゃない」から、ハラスメントとして受け止められるのではないでしょうか。
「当たり前」と思っていた、その何でも言える関係性だと思っていたものが、実は相手の忍耐と寛容でハラスメントを黙認されていた、看過してもらえていた関係性だったことに気づけるのかどうか、ということなのかなと思います。
そういう意味では、冒頭のレスリングの監督は、とても正直な心境を会見で話されたのだと思いますし、そして自分が気付かずにハラスメントを働いていたことについて、今でも何故なのかという本質に気づけていないのだとも思います。

セクハラもパワハラも、対等な力関係の中では余り起きにくいものです。
立場の違い、強いものと弱いものが居て、弱い立場の人間の我慢と寛容でハラスメントが黙認される、その我慢と寛容の限界を超えた時に、ハラスメント問題として顕在化するのだと思います。
多くの組織の中には上下関係、強弱関係が存在します。
これは会社等の職場だけではなく、教育の場、スポーツの場、家庭内でもあります。
強い立場の人間のハラスメントを弱いものが受け、耐え続ける。
強い立場の人間は、その我慢と寛容に気づかず、ハラスメントだと自覚しない。

会社組織の中で強い立場に立つ管理職がハラスメント対策の研修などを受ける、というのはそうした「強いもの」が加害者になりやすい構造にあるからです。
しかし、そこで学ぶことが結果としてハラスメントとなった事例のラーニングにとどまっていては構造的解決にはつながりません。
何故その表現が、行為が、ハラスメントとなってしまったのか。
その結果につながった関係性の改善、そうならない関係性の構築を学ぶことが本当の意味でのハラスメント対策につながっていくのだと思います。
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