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ワクチン・ギャップは解消されたのか

※この記事は、「MRIC by 医療ガバナンス学会 発行」に掲載されたものです。

【ワクチン・ギャップは解消されたのか】

「ワクチン・ギャップ」には、私は「欧米等他諸国とのギャップ」と「我が国の望ましい姿とのギャップ」の2つがあると考えている。

「欧米等他諸国とのギャップ」はかなり解消されつつある。1988年のMMRワクチンから2008年のHibワクチン承認まで、新規ワクチンの承認がごく少数に留まっていた期間があり、この期間を指して「空白の20年」、「20年のワクチン・ギャップ」と言われてきたが、その後にワクチンの承認が相次ぎ、ワクチンで防ぐことのできるウイルス・細菌の種類は、欧米に追い付いてきた。侵襲性Hib感染症、小児肺炎球菌感染症等をはじめ定期接種の対象疾病も追加され、同時接種も以前に比べ大いに実施されるようになった。日本版ACIPを求める声は多く、私も求め続けているが、それらの要求するものからすればまだまだ十分とはいえないまでも、予防接種・ワクチン分科会に公募参考人として接種を受ける立場が参加できるようになった。

このように、「欧米等他諸国とのギャップ」は急速に埋まってきたといえよう。残る課題としては、未だ定期接種化されておらず早急な定期接種化が待たれる疾病/ワクチン (ムンプス、ロタ、成人へのPCV13、不活化ポリオワクチンの追加接種等)の定期接種化、積極的接種勧奨が中止され、定期接種としては接種できる状態ではあるものの、接種を希望しても医療機関にワクチンの用意が無い等、接種しにくい環境のために接種率が大幅に低下しているHPVワクチン問題の改善、そして多くのワクチンが承認・接種できる状態になったことは喜ばしいが、その分、接種本数も増えているので、接種負担を軽減する混合ワクチンの導入などが挙げられる。

大きく解消してきたワクチン・ギャップだが、絶えず歩み続けなければ再びギャップを生じてしまう。Hibワクチンの20年のギャップ(WHOの定期接種化の勧告は1998年、日本での薬事法承認は2007年1月(米国の承認は1987年))では、600名(30名×20年)の子どもの命が奪われ、重篤な後遺症を負わざるを得なくなった子どもたちは1,800名(90名×20年)にも上ると推計されることを忘れてはいけない。そして、現在進行形の課題がムンプス・ロタ・HPV感染症であり、麻疹や風疹・CRS(先天性風疹症候群)である。

以上のように課題は残っているものの、「欧米等他諸国とのギャップ」は大きく改善されてきた。我が国における予防接種は、他国に追いつけという段階から「我が国の望ましい姿とのギャップ」を埋める段階へ移行しつつあるのではないか。米国には米国の、英国には英国の、それぞれに適した予防接種施策や環境があるように、我が国には我が国の構築すべき予防接種施策や環境等があると考える。そして、その我が国にとって望ましい姿と現状の差をいかに埋めていくのかがこれからの課題であろう。

このギャップ、課題は多岐に渡る。VPDや予防接種に係る各種サーベイランスは更に充実していくことが求められるし、日本版ACIPの確立等をはじめ政策決定のプロセスの充実・改善も必要であろう。早期の定期接種化が待たれる疾病・ワクチンについて、厚生労働省では定期接種化に向けた議論が続いているが、あまりにも時間がかかりすぎている。これは特定の誰かが悪いというわけではなく、我が国のサーベイランスの脆弱さや政策決定プロセスそのものがもたらす望ましくない現状であろう。より速やかにスムーズに意思決定できるような仕組み、制度が望まれる。

風疹がこれだけ流行している状況では、抗体検査を行う事を前提にするのではなくワクチン接種を速やかに行う必要がある。これを阻害している大きな要因のひとつがワクチン不足の懸念だ。インフルエンザワクチンでも生じているが偏在や不足等を生じさせないための、ワクチンの輸入も含めたワクチン製剤の安定供給体制を築く必要がある。国内での製造量を増やすこと、海外で用いられているワクチンを活用すること等、十分な量を確保し打ちたくても打てないという状態を生じさせない体制が必要だ。風疹対策では成人への接種が急務で、とりわけ妊娠を希望する世代や抗体を有しない世代が、多忙な中でも確実に接種を受けられる職域での集団接種は効率的・効果的と思われる。
だが、企業に出向いての集団接種を行う場合、保健所への届出が必要となる。この届出に係る基準は保健所が異なっても同じ法律に基づく同じ基準となるところ、実際に集団接種を行っている医師からは保健所によって判断基準が異なり非常に困惑しているとの声が聞かれる。ワクチン確保が十分になされたとしても、このようなことがあっては迅速な接種促進を阻害してしまいかねず、速やかな整理が望まれる。同じく風疹対策でも明らかになっているが、予防接種歴の把握(共有化)がなされていない状態は改善しなければならない。接種歴が正確に把握できていれば、接種を受けていない者への抗体検査を行う事なく接種を進めることができる等、余分なコストを生じさせず接種を受けるものの時間的拘束も短時間で済ませることができる。自治体を超えて転居してしまうと接種歴が引き継がれない、成人してしまうと記録が手元に残らないといった現状を改善するためにはどのような手法が有効なのか、母子健康手帳を活用するのか、他に有効な手法があるのか、今までの情報管理手法や概念に捉われずに検討し有効な把握システムを整備しなければならない。

予防接種は市区町村が実施主体となっているが、かかりつけの小児科医・感染症医が居住地の医師であるとは限らない。例えば駅前に区界があり、最寄駅で最も近い小児科医をかかりつけ医にしていたとしても、その所在地は居住自治体とは異なるということもある。そこまで極端ではなくても、共働き世帯が増加し、居住地以外の医療機関で接種したいというケースは少なくないし、また同時接種を行ってくれる医師が居住地にはいない等のケースもある。自治体間で相互乗り入れがなされていれば良いが、相互乗り入れを実現していても費用が償還払いとされる場合もある。定期接種の種類が増え、同時接種で複数本のワクチンを接種すると、一回の受診で数万円の費用負担を強いられてしまう。償還払いでは何回か建て替えの必要が生じ、その負担は子育て世代には非常に重いものである。まずは相互乗り入れを現物給付として実現することが必要であろう。また、そもそも市区町村が実施主体であることが良いのか、事業費用負担も税収をもとに国と地方自治体が負担するあり方が良いのか、再考する必要があるのではないだろうか。

ワクチン・ギャップを解消する取り組みを通じて、社会全体、とりわけ接種を受ける側の物事の科学的見方の訓練と感染症・予防接種に係る教育の必要性を強く感じてきた。安全か危険か、0か1か、白か黒かという二分法ではなく、白と黒の間にある無段階のグラデーション、グレーの中での程度の問題を適切に見積もれる能力、量の概念をはじめとする科学的リテラシー、VPDだけではなく感染症とはどのようなものなのか、どのように対峙するのか、治療法・予防法はどのようなものがあるのか、といった教育を義務教育の段階から行う必要があると考えている。
 
ワクチン・ギャップ解消に向け歩んできたこの10年あまりで、社会全体のマインド、国民の姿勢は大きく変化していると感じる。2005年以前はジフテリア予防接種禍、MMR接種後の無菌性髄膜炎の多発とそれに伴うMMRワクチン接種中止、インフルエンザワクチン集団接種の取りやめなどがあり、国民の予防接種に対する姿勢は抑制的・消極的であった。このことがワクチンギャップを生じる大きな原因の一つであった。しかし、2006年以降はHibワクチンの承認・販売、新型インフルエンザの流行、予防接種法改正、不活化ポリオワクチンの導入、麻疹・風疹の流行等があり、国民の予防接種やワクチンへの関心も高まり推進的・積極的な姿勢に変化してきた。

千葉県のいすみ市は全国で最も予防接種の費用助成等を進めている自治体で、市長をはじめ議員や市の職員の姿勢がとても積極的である。またより一層の充実を求めて市長に要請に行った際、予防接種による健康被害を受けられた当事者の方も私と同行し要請している。予防接種推進・反対という対立する立場ではなく、より良い予防接種環境を求めるという立場で取り組めるようになっている一つの例といえる。また、公共放送であるNHKが中心となり、ストップ風疹プロジェクトが立ち上がり積極的な情報発信・啓発が行われるなど、積極的な動きが多方面で見られている。

他方、「MMRワクチン告発」という映画が公開されようとしていた。この映画は事実に基づかない主張に沿って作られた映画であり、このようなものが公開されようとしていることに医療従事者を中心に多くの方々から懸念の声が上がっていた。しかし、配給会社がこうした声を受け、自ら調査に乗り出し、映画の主張に疑問を抱き、公開間近となったタイミングで公開を中止した。この配給会社以前にも配給を検討した会社が内容に疑義があることにより配給を見送る判断をしており、これらも抑制的・消極的な時代から変わりつつあることを示す事象であったと思う。
 
ワクチン・ギャップは、誰かが予防接種施策を進めないようにしよう、停滞させようとして生じるものでは決して無い。悪者がいなくても、悪い結果は生じうるものである。ワクチン・ギャップは、より良い制度・環境にしようという歩みを止めることで生じるものだ。私たちは空白の20年というワクチンギャップを経験し、そしてその間に多くの子どもたちに犠牲を強いてきた負の歴史を有する。もう同じことを繰り返してはならないのであり、社会全体で歩み続けなければならない。
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