出来ないことより出来ることに目を向けて

こんにちは、Plus Action for Children の高畑です。

最近、身の回りで様々なことがあり、色々と考えさせられます。
自分自身のことであったり他人のことであったり。

そんな中、強く思うのが、出来ないことをよりも出来ることに目を向けてほしいなということです。

誰しも得て不得手があります。
その凸凹は個性でもあります。

あいつは○○ができないからダメだ、というのではなく
○○ができる、ということに目を向け、評価し、その「できる」を大切に伸ばしてあげてほしいと思います。

その「出来ない」を取り上げて、人を否定することは簡単なことです。
誰しも完璧ではありませんし、出来ないことがない人なんて、いないですから。
それよりも、その人が「出来ること」を大切にし、その「出来ること」をその環境や組織が活かせるようにすれば、様々な個性を持った凸凹な人たちが、個性を輝かせその人らしく活躍できるんじゃないか、そんな思いを最近は特に強くしています。

これまた青臭く理想論かもしれません。
だけれども、出来ることを認めずに出来ないことを指摘し続けられたら、多くの人たちにとっては生き難いんじゃないかな、って思うのです。
加齢や疾病や様々な理由で、ある日突然にそれまでは「出来ること」だったものが「出来ないこと」になることだってあります。
そうした境遇に立たされた人が生き難い社会は、出来なくなることへの恐怖を抱えながら生きる社会です。

沢山の「出来ないこと」を抱えた人も、「出来ること」を活かして活躍できる、そんな社会をPlus Action for Children は目指しています。

アルコール依存症について知るために

こんにちは、Plus action for Children の高畑です。

人気タレントがアルコールを摂取し、酩酊状態で起こした事件がメディアを賑わせています。
私は医師でも専門家でも無いので彼がアルコール依存症であるのか否か判断できませんが、アルコール依存症について触れる報道も見受けられますし、これを機に次の書籍を多くの方に知っていただけたらと思います。

かぞくがのみすぎたら(株式会社サウザンブックス社)


アルコール依存症は当人はもちろんですが、その周囲の方々、とりわけ家族にとってもとても辛く苦しいものとなります。
親がアルコール依存症の子どもたちにとってはなおさらです。
悩み苦しんでいる子どもたちが少しでも救われるように、多くの方々にこの本を手に取ってもらえたらと思います。

流行の先の対策

こんにちは、Plus Action for Children の高畑です。

麻疹(はしか)の流行を報じるニュースが相次いでいます。
海外から持ち込まれた麻疹の沖縄での流行に始まり、東京都内でも感染が報告されています。

我が国は麻疹の排除国ではありますが、社会全体として十分な抗体を有しているとは言えないのが現実です。
いったん海外から持ち込まれたら流行してしまうのではないかという危険性は、専門家の間では以前より為されていました。
しかし、目の前で流行してもいない感染症への関心は高くなく、本来であればワクチン接種による抗体獲得が必要な人たちがまだまだ数多く存在するにもかかわらず、十分な対策を講じきることができずに今回の流行を生じてしまったものです。

現在、ワクチン接種を希望する方が多数に上っているそうで、現実的にはワクチンによる接種が効果的であり、それは望ましい状況ではあるのですが新たな問題も生じています。

それはワクチン不足です。
一度に多数の方が接種を希望する、需要が高まったことに対し供給が不足しているのですね。
これは麻疹に限らず、他の感染症でも起きることで、直近ではこの冬のインフルエンザワクチン不足が記憶に新しいです(製造そのものにも問題があったものですが)。
以前、都内の大学等で麻疹が流行した時も、接種者希望者が急増したためにワクチンが足りない、という状況を生じていました。
ヒブワクチンの導入時期は、ヒブ感染症の流行等によるものではありませんが、それまで打つことができなかったヒブワクチンが国内で承認・販売されたために接種希望者が殺到、製造過程のトラブルで輸入が一時的に滞ったこともあり大幅なワクチン不足に陥ったこともあります。

このように、ワクチンは需要が急激に高まるとそれなりの確率で供給不足に陥り、接種したくても接種できないという状況になりやすいものであります。
これはワクチンの供給のあり方や製造過程そのものが抱える特性によるところが大きく、今すぐに「需要の増大にびくともしない供給体制」を確保することはなかなか難しいといえます。
ワクチンはその製造に短くても数か月単位の期間を要するため、感染症の流行等で需要が増大しても、それを賄うだけの供給増をリアルタイムで望むことはできません。
また、使用できる期間も限られているため、大量に生産しておいて備蓄するというのも難しいでしょう。
使用する場面は平常時の予防接種に限定されますから、最初から製造量は予測される接種対象者数に最適化された数に抑えられます。
つまり、余剰分を大量に確保することもできず、備蓄もできず、急な増産もできない、という硬直性の塊なのです。

こうしたワクチンを上手に使うためには、やはり流行時に緊急対応として予防接種するのではなく、日ごろから接種すべき対象者が計画的に接種を受けておく、という対応が大切です。
定期接種の対象者は確実に接種を受けておく、麻疹や風疹であれば過去の接種制度の変遷などの中で十分な接種機会を与えられずに必要な接種を受けられなかった層に接種してもらう、そのためにもそうした対象者が接種を受けやすくする助成制度の創設や情報提供を行う、そうしたことが必要なのだと思います。

現在は麻疹の流行期にあり、臨時的・緊急的な対応が求められる局面です。
しかし、そうした時期を過ぎ、「あー、ピークは過ぎた」で思考と行動をストップしてしまっては同じことを繰り返すことにつながってしまいます。
流行の先に必要となる対策を、今回の流行を二度と繰り返さないという思いのもと、講じる社会であることを強く望みます。

目的を達するためには手段を選ばない、ではダメ

こんにちは、Plus Action for Children 代表の高畑です。

最近、改めて思うところがありこのエントリーを書きます。

Plus Action for Childrenは、子どもたちを取り巻く環境がより良くなることを求め活動しています。
予防接種制度の改善や充実を求めるのも、もちろんその一環です。

Plus Action for Childrenを立ち上げる前から、予防接種制度の改善や充実を求め、様々な活動を重ねてきました。
その中で私がいつも肝に銘じていたことは、目的のためなら手段を選ばない、という思考には陥らないこと、手段はきちんと選ぶこと、です。
予防接種制度を変える、というのは社会の中の制度を変えることであります。
社会の中の制度を変えるのですから、社会の構成員の中の合意形成を図ることを優先してきました。
合意形成を図らずとも、制度を変えることはできなくは無いことです。
しかし、合意形成を軽んじて制度を変えても、それは本当の意味での改善ではない、いずれどこかでほころびを見せ破たんの危険につながる、と考えてきました。
どんなに時間がかかっても、もちろん、自分自身が望む結果にはならなかったとしても、それはそれで仕方がない、と。
合意形成を図れなかったとしたら、それは社会という組織がその結果を望んでいなかった、ということであり、その結果は真摯にうけとめなければなりません。
それが民主主義であり、組織のあるべき姿だと考えるからです。

予防接種制度においても、このプロセスを端折ったがために混乱をきたしているものがあります。
HPVワクチンです。
私は、HPVワクチンは必要なワクチンであると考えていますし、定期接種の対象として適切なものだと思っています。
しかし、HPVワクチンの定期接種化に至る過程では、合意形成において丁寧さを欠いていた感は否めません。
結果として、ワクチンで守れる健康、命を十分に守れていないという現在があるのだと思います。

自分が望むものを何が何でも手に入れる、その意欲は大切です。
だからといって、プロセスを省いたり合意形成を無視したりしてはならないのです。

私たちは歴史から多くのことを学ぶことができます。
成功も失敗も。
失敗から学ぶことは、本当にたくさんあります。
自分が味わった不条理、辛苦、そういったものを次の世代に経験させないため、負の遺産として残さないためにも、歴史から学んだ教訓は大切にしなくてはなりません。

予防接種制度改善の取り組みについて、セミナーやシンポジウムでお話しさせていただく機会をいただいたとき、私は自分自身の過去も踏まえて、予防接種や感染症といったものへの無関心と沈黙、「きっとどこかで誰かがうまいことやってくれている」という当事者意識の欠如が、ワクチンギャップを生じ日本をワクチン後進国にしてしまった大きな理由の一つとしてお話してきました。
多くの子どもたちが、ワクチンで防ぐことのできる健康被害を被ってきたのは、私も含めた大人たちの無作為によるところが大きい、と。
だからこそ、社会の構成員の一人として、社会の中で守るべき子どもたちを守るために、次の世代により良い環境を残すために何ができるのか、一人一人が知り、考え、そして行動するように、予防接種や感染症についての情報を発信し続け、ともに考える機会を提供してきました。

大事にしてきたのは、社会全体で関心を高め、考え、行動すること。
その過程で、合意形成を十分に図ること。
例え時間がかかっても、自分が望むものが合意を得られなくても、絶対にプロセスを端折らない、合意形成を軽んじないということを大切にしながら。

子どもたち、孫たち、そしてその次の世代へと残したいものは、より良い環境なのですが、それは何か具体的な制度であったり物質であったり、というわけではないんです。
むしろ、不作為やプロセスを端折ったことでより良い環境から遠ざかってしまった失敗を繰り返さない社会を残したい、そうすれば後世の構成員たちが具体的な制度や物質を遅滞なく得ることができるようになるんじゃないかと、だから目先の成果や結果を優先してプロセスを端折ったりしてはいけないんじゃないかと、そのように考えています。

理想論かもしれません。
青臭いかもしれません。
だけれども、私が歴史から学んだこと、自分の息子の命を危険に晒して突き付けられたことは、そういうことなんです。

だからこれからも、時間がかかっても結果につながらなくても、合意形成とそこに至るプロセスを端折ることなく、活動していきます。

予防と早期発見

予防か早期発見か。
しばしば並列で比較されることのあるこの2つですが、実際には別のものですよね。

予防は未然に防ぐこと、感染症であれば感染しない、感染しても発症しない、ということ。
早期発見は未然に防ぐのではなく、感染したり発症したりしたものを早期に見つけること。

早期発見により早期に治療を開始できれば、望ましくない予後を避けられる疾病もあります。
しかし残念ながら、早期発見・早期治療でも、重症化したり望ましくない予後をたどる疾病もあります。

ヒブワクチン・小児用肺炎球菌ワクチンの定期接種化を求めて活動していた時に、細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会の武内一先生が、同会の会員を中心にアンケート調査を行いました。
発症から診断がつき治療が開始されるまでの時間と、予後にどの程度の関連があるのか、そのアンケートの結果が示したものは、早期発見・早期治療が実現できても、少なくない割合で悪い予後をたどるケースが生じているという現実でした。

また、細菌性髄膜炎は主な症状が、発熱・嘔吐・頭痛であり、他の感染症との鑑別が難しいという特徴があります。
好発年齢も0歳であり、発熱や嘔吐はわかりますが、頭痛などは本人が伝えることが困難です。
頚部の硬直などの特徴もありますが、最終的な診断には髄液の検査が必要になります。
脊髄から髄液を採取するので、その行為自体に相応のリスクが伴います。
特異的な症状を呈しておらず、可能性としてはその他の重篤ではない疾病であることのほうが高いにもかかわらず、リスクを伴う髄液採取を行うことは現実的ではありません。

また、治療においても耐性菌の割合が著しく高まっていたこともあり、早期に発見し菌種を特定し適切な抗生剤の投与を早期に開始したとしても困難な状況に陥るケースが生じていました。
早期発見も難しく、そのために早期治療も難しく、仮に早期に治療を開始しても悪い予後を十分に避けられない、それが細菌性髄膜炎です。
そのため、予防することが強く求められたのです。

予防接種の是非を考える場合に、疾病に罹患するリスクと予防接種をするリスクを比較します。
いずれのリスクも軽視してはなりませんし、事実に基づき適切に評価しなくてはなりません。

疾病に罹患するリスクは、しばし、死亡という最悪の結果をもって評価されることがあります。
もちろん、死亡することはなんとしても避けなくてはならないものですが、疾病に罹患するリスクはそれだけではありません。
治療によるリスクや治療後も残る不利益の有無なども、罹患するリスクです。
細菌性髄膜炎の場合であれば、治療には多量の抗生剤やステロイド剤を用いますし、場合によっては輸血等を要することもあります。
治療そのものにリスクが伴うのです。

治療後に残る不利益も、罹患することで被るリスクです。
疾病によっては長きにわたり服薬を続けなければならないものもありますし、早期の治療でも手術などの結果、後遺症とずっと付き合い続けなければならないものもあります。
早期発見・早期治療で罹患前の状態に回復できれば良いのですが、そのような疾病ばかりではありません。
死亡という最悪のリスクだけではなく、早期発見・早期治療でも負うリスク、回避できないQOLの低下等を十分に理解したうえでいずれのリスクを選択するのか、判断しなければなりません。

早期発見・早期治療でも、何らかの不利益を残しているケースは少なくありません。
しかし、そうした不利益は、第三者からはなかなか見えにくく、一見すると元通りに生活しているように見えることもあります。
当事者の方々の声を聴くことは、事実を知るためにはとても大切なものです。
例えば、がん患者さんなどが治療を続けながら就労等で不利益を被らないように、また後遺症などを負っていても従来の生活に近づけられるように、当事者の方々を中心に様々な取り組みがなされています。
そうした取り組みが実を結べば結ぶほど、逆に当事者の方々が抱え続けている不利益は見えにくくなるという面があります。
抱えている不利益自体は存在し続けているのに、です。
そのことが、一見すると罹患する前の、元通りの状態に戻ったという誤解を生み、「死ななければよい」という誤解につながり、罹患することのリスク評価を狂わせてしまうこともあります。
そうした誤解を生じないように、私たちは当事者の方々の声を聴き続けなくてはならないと考えます。

Plus Action for Children は小さな組織で大したことはまだまだできないのですが、そうした当事者の方々の声を聴ける機会を設け、適切な判断ができるようにと考えています。
そうした活動にご理解をいただき、ご支援いただけたら嬉しいです。
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